北陸三県 ありがとう プロジェクト Oyabe Local Mail

北陸三県 ありがとう プロジェクト。富山県小矢部市の地域情報の紹介。たくさんのありがとうを紹介。

Category :  TonamiLKB
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砺波の地元のお店、人にスポットを当てて、紹介するメールマガジン
Tonami Local Mail 第8号
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創刊:2016/04/30
 
お母SUNプロジェクトで親子そば打ち教室を行なった、野原哲二さん。
野原さんの本職はそば作りではないが、130年続いてきたそば作りを絶やさないことが大切だと、そば作りを行なっている。
 
「『本家利賀手打ちそば』と名付けたのは、父です。」
「元祖は誰でも名乗れるが本家は一つしかない。」
「当時の村長とも協議し、了解をとってこだわって付けた名前です。」
「皇太子殿下も召し上がったので、宮内庁御用達っていう案もありました。」
 
ありがとう集め 本家利賀手打ちそば 野原 哲二 さま
 
以前野原家は、水車でもぐさ製造を行なっていた。
その傍らでそばも挽いていた。
利賀村で水車を持っていた唯一の家だったため、そばを挽いて欲しいと近所の人から頼まれるようになった。
 
「うちの地区では、そば作りが熱心なところで、各家々オリジナルのそばを作って楽しんでいました。」
「そして、近所の人達を招いて長い冬の楽しみの一つとしていました。」
「いわゆる『ごんべ会』という催しです。」
「それがそば祭りの始まりです。」
 
利賀と言えば、そば祭りと思うくらい大きなイベントだが、そもそもはお楽しみ会だった。
野原さんも4,5年前まではそば祭りに出ていたが、最近ではマンパワー不足で、多く作れなくなったため、中途半端に提供するくらいならきっぱりやめようと決めた。
 
「人を頼んで、どれたけでも作って出せばいいという代物でもない。」
「全部手作業でやるので、誰でもぽっとやれるものでもない。」
 
ありがとう集め 本家利賀手打ちそば 野原 哲二 さま
 
こだわって作る野原さんのそばには、たくさんのファンがいる。
年越しにはたくさんの注文が入るが、作れる量にも限りがあり、なるべく手渡し出来る範囲で請け負っている。
しかし、家族で食べる年越しそばがいつも気付けばなくなっているそう。
そんな人気のそばだが店舗を構えないのだろうか。
 
「一時期はお店をやってもいいかなと思ってたけど、利賀の人口が年々減っていて。」
「そんな中で、店を続けていくのは難しい。」
「5年後、10年後はどうなっているのか。」
「環境が厳しすぎる。」
「子ども達にも帰ってこいとは言えない。」
「私は生まれ育った村で骨を埋めたいけどね。」
 
そう語る野原さんは、そばの他にも民謡も踊りも出来る。
韓国に行ったときは、おぼんで踊って交流したそうだ。
 
「芸は身を助けるというが、そば繋がりで海外にも行った時にも、民謡や踊りが出来れば、いつでもどこでも、なんでもやれる。」
「生活していく中で平坦な道を歩くのもいいけど、山あり谷ありっていうのも楽しいよね。」
 
そんな芸達者な野原さんは、子ども達にも伝統文化を伝える活動も行っている。
 
「私が子供時代はとにかく家の手伝いをさせられた。」
「そのおかげで色んなことを覚えてて、今でもできる。」
「例えば、藁で縄を編んだり。」
「今の50代から下の人は利賀村の人でもやったことないんじゃないかな。」
「最近では地元の子より、都会の子の方が体験することが多いかもしれない。」
「良いか悪いかはわからないが、知ってることの引き出しが少ないことは残念だな。」
 
そば繋がりでも民謡繋がりでも、日本全国、世界各国に飛び回る野原さん。
いろんな繋がりや広がりを持てることが幸せだと語ってくれた。
 
 
▼本家利賀手打ちそば
野原哲二
利賀村出身
1950年5月10日生
高峰山は砺波平野も富山湾も一望出来、おすすめ。
車で山頂まで行けるので、天気が良いとよく行きます。
 
 
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▼となみローカルかわら版
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